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2009年05月07日

番組スタッフです。
イブニングニュース広島は、
27日(金)で最終回を迎えました。
この4年間ご覧になってきた皆さんありがとうございました。

そして、西田キャスター、和佐キャスターとも卒業です。
西田キャスターは4年間、和佐キャスターは7年半ニュースに携わりました。
本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。

さてRCCの夕方のローカルニュースは、
3月28日から「RCC NEWS6」として生まれ変わります。
小林康秀キャスターと、伊藤文キャスターという、
広島出身のフレッシュなタッグで広島のニュースをお伝えします。
18時05分からの、これまでより11分早いスタートです。
ぜひご期待ください。

2009年03月09日

今日は午後1時から市議会の予算特別委員会に取材に行きました。
球場跡地関連の質疑が相次ぐということで、
報道陣も多かったですね。
今日は秋葉市長が、午前中に別の予定を入れたため、
先週委員会をボイコットするなど様々なことが起こったまさにその日で、
その関係から午後からの委員会開催になったことで、
一気に9人が午後に質問を行うという強行軍でした、
残念ながら私は冒頭しか取材はできませんでしたが、
市側、議員側、様々な思惑が漂う、少し異様な雰囲気も感じました。

賛成している人もいるでしょうが、
私の感触では、おかしいと思っている人もかなりの数いるものと思われます。
私が危惧するのは、妥協の産物にだけはして欲しくないということ。
徹底した話し合いを経た、大多数が納得するものにして欲しいとただただ思っています。
そのためには、形式的に「会議を開きました」的な話し合いの場という実績作りだけはしないで欲しいということ。
そしてそこには建設的な議論が欠かせないと思っています。
心に訴える、前向きな議論を明日も期待したいと思います。

小林康秀

2009年02月27日

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 今日、市民球場のレストランが最終日を迎えました。私も仕事で市民球場に毎日通っていた時代を懐かしむように、最終日の取材に行きました。ここは市民球場の2階にあり、球団の直営ということで、球団職員の昼食を作るかたわら、一般のお客さんにも対応する、レストランでした。市民球場が完成してから、すでに存在していたようですが、昭和53年、そして平成3年に改装をして現在の姿になっています。以前はビッフェスタイルでの、料理の提供もしていたのですね。
 ここに行くとレジで食券を買う際、最初に応対してくれる「名物おかみ!?」といっていいのでしょうか、前田まり子さんの存在も、我々の心を和ませてくれる、大事な存在です。これまでを振り返ってもらおうとすると、「そんなこと聞かれると涙が出るわ!」と感慨深げに語っていました。
 私にとってここの思い出の料理は、「ステーキ丼」。ステーキ肉を暖かいどんぶりに載せて食べるという、シンプルなものですが、試合前にスタミナを付ける、食べごたえのある一品でした。
 今日は最後の日ということで、カレーしかありませんでしたが、私を含め、別れを惜しむ人たちでごった返していました。実はこのレストランは、新球場では、球団職員やマスコミなど関係者向けの食堂として生まれ変わるということです。一般のお客さん向けには、別の地場飲食店のレストランができるようです。また詳しくは来週以降にお伝えすることになると思います。

小林康秀

2009年02月20日

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 テレビを買いました。デジタルテレビです。テレビ局の人間なのに、まだ買ってなかったの?と言われそうですが、結構買ってない人、いるんですよ。私もそうでした。
 最近「家電芸人」などともてはやされ、注目を集めていますが、自分で言うのもなんですが、ずいぶん前から「家電アナ」であると自称しております。そんな私にとって、デジタルテレビの購入時期は、長年の懸案。これまでも様々な人から相談を受け、どこのメーカーがいいか?価格は?購入時期は?と、その都度答えていましたが、実際のところ、その購入時期だけは、見極めが難しかったのです。私の家では、アナログテレビ自体は快調に動いていたため、先延ばししていました。
 広島でデジタル放送が始まってまもなく2年半。その間、価格は驚くほど下落しました。画面の大きさによっては、底を打ったという見方もあり、私もそろそろと考えつつも、あと一押し安くなる、モデルチェンジの時期を狙っていました。私が狙っていた商品が、たまたまモデルチェンジの時期を迎え、気合を入れて量販店に向かいました。さらに価格交渉。納得の商品を購入できました。
 総務省はデジタルテレビ放送に関する移行状況緊急調査を先月行い、今週発表しました。それによると、地上デジタルテレビ放送対応受信機を保有しているのは、調査した中で49.1パーセント。いまだ半数に達していない状況です。放送局は完全デジタル化に向けて、粛々と移行作業を進めていますが、この数字を見て、果たして予定通り進むのだろうかと考える人もいるのではないでしょうか。
 アメリカではテレビの完全デジタル化移行延期(2月17日から6月12日へ)を発表しましたが、およそ3分の1以上の放送局は、移行が遅れることによるコストの負担を嫌って、予定通り2月17日にアナログ放送をやめたそうです。つまり、アナログテレビしかない家庭では、その局の放送は見られないということです。全米で650万世帯が、受信のための変換器を購入できていないという推計もあります。そもそもデジタル化すべきだったのかという声さえあるといいます。
 日本ではこれから様々な対策がとられるのでしょうが、今後もその推移は見逃さずにはいられません。
 そんなことを考えながら家に帰ると、洗濯機のリコールの手紙が届いていました。実はこの家にある洗濯機、リコールが3回目か4回目くらい。その都度、修理に来てもらっているのですが、またかとうんざり。家電に囲まれた生活ですから、少々の故障や買い替えは致し方ありませんが、新しく買うテレビはそうならないよう祈るばかりです。

小林康秀

2009年02月09日

2007年7月27日。
この日初めて、ニュース企画用の取材として、石原良彦さん・千代子さんご夫妻のご自宅を訪ねました。良彦さんは、2004年11月、日課としていたランニング中に、オートバイにはねられました。12時間を越える手術を終え、何とか命は取り留めましたが、頭を強打した良彦さんには、『高次脳機能障害』という、重い後遺症が残りました。
『高次脳機能障害』は、脳障害の後遺症として、注意力や記憶力の低下、感情のコントロールが苦手になるといった症状です。
ニュース企画後も、取材は続けました。感情を爆発させた良彦さんに対して、堪えきれずに言い返す千代子さん。私たち取材スタッフのことを憶えていない良彦さんへの取材は、毎回が初対面といった感じで行われるなど、エピソードを挙げればきりがありません。
そして去年10月。民教協企画の「生きる×2」内で、30分番組として全国放送されました。
放送を終えると、想定外の展開へと進みました。それは『ホノルルマラソン』の10キロウォークの部に出場するお二人に同行取材して、これまでをまとめた、一時間の特番にするというものでした。今回の参加は、過去2回完走した『ホノルルマラソン』のことを忘れてしまった良彦さんに、もう一度その雰囲気を味わわせてあげたいという千代子さんの思いからでした。また二人を喜ばせたのが、もうフルマラソンを走ることが出来なくなった良彦さんに代わりに、孫の大河君(中学2年生)が、初めてフルマラソンに挑戦してくれるという事でした。
 ホノルルでは、障害ゆえの良彦さんの言動に、私達取材スタッフも振り回されましたが、改めて妻・千代子さんの存在の大きさや、ご主人に対する思いに感銘を受けました。
この模様は、2月11日午前9時55分から放送します。是非とも、特別番組『しあわせになろうよ 〜二人のマラソン人生』をご覧頂ければと思います。

2009年02月06日

2月6日 小林

今週一週間は、スポーツコーナーでは、
キャンプ特集でしたね。
カープは石田アナのリポートで、
沖縄からの情報をお伝えしていますが、

サンフレッチェのトルコキャンプ情報は、
<連日>、しかも<どこよりも速く>映像をお届けしています。
来週も随時お伝えしますので、ご覧ください。

今日は新球場の報道公開でした。
更地のころからお伝えしている、新球場小林リポートも、
まもなく完成の時期を迎えています。
(何回目なんでしょう、今度数えておきます)
1年3ヶ月…早いものです。
球春到来と共に、
広島に元気をもたらしてくれることを期待しています。

来週もどうぞ「イブニングニュース広島」をご覧ください。

2009年02月04日

しばらく更新が遅れまして申し訳ありませんでした。
北京から帰国した藤原記者のコメントをしばらくご覧いただきましたが、
着任後もバリバリと取材活動にいそしんでいるようです。
この藤原記者着任とほぼ時期を同じくして、
もう一人、藤原記者が着任しました。
いずれはここにひとり言を書いてもらいましょう。

一段と寒さが厳しくなりましたが、
風邪などひかれませんようお体にお気をつけ下さい。

スタッフ一同、さらに厳しくなった経済状況や、
混迷を極める様々な跡地利用の問題など、
広島を取り巻く様々な状況を、
迅速に正確にわかりやすくお伝えします。

では番組「イブニングニュース広島」を引き続きよろしくお願いします。

2009年02月02日



すでに先月お伝えした「広島市民病院ERの夜」いかがだったでしょうか。

これは昨年末、開業医が年末休みに入る前で、
日中の診察をまだ行っている時期に取材したものでした。
我々もマスク着用のなか、夜間の勤務時間帯に密着しました。
もともと冬は患者さんが増えるものらしいのですが、
その日は大変凄まじいものでした。
これまでのこの冬最高の患者数を記録
(実際の昨年最高患者数はその翌日に記録しました)。
医師や看護士などスタッフの皆さんは休み無く働いていました。

番組でもお伝えした、救急医療区分。
初期救急患者は軽度の症状で入院が必要のない場合。
2次救急は入院が必要になる中等症の患者の場合。
3次救急は高度な手術などの医療が必要になる重症患者の場合を言います。

それぞれの段階を、病院は指定を受けているわけで、
各病院間の役割分担を行いながら、対応しています。

市民病院の場合は北米型ERを目指す、救急診療部がまず対応します。
北米型のERとは、24時間365日受付け、
初期、2次、3次、すべての段階の患者を受け付けるシステムです。

広島市では、夜間と休日において、最も患者さんが多い(全体の7割くらい)
初期救急患者の受け入れ先を、広島市民病院に一元化しています。
しかし、2次、3次の迅速な医療をもとめる患者も受け入れなければならず、
手一杯の状態が続いています。

3年前の末までは、舟入病院がこの初期救急医療をになっていましたが、
様々な事情で北米型のERとなる救急診療部が引き受けましたが、大変そうでした。

医師たちは24時間体制で運営していくことの大変さと、
救急車を断らなければならなかったときの辛さを話してくれました。

その状況をなんとか少しでも緩和できればと、
市が開設して、広島市医師会が運営する
「夜間急病センター」がこの3月に開所します。
これは夜間や休日、初期の救急患者のみだけを扱う医療センターで、
その効果が期待されています。

以上その時の特集で伝えたことを書き連ねましたが、
引き続きこの動きを取材していきます。
ご注目ください。

小林康秀

2009年01月08日

2009年もよろしくお願いします。
今年は、厳しい経済情勢や暗い話が多い中、
どれだけ明るい話を見つけられるか、
こだわって行きたいと思います。

年末にも話しましたが、新球場のオープンは、
戦後復興のときの市民球場完成の時のように、
一つの起爆剤になればいいですね。

ところで今日、県サッカー協会が
「サッカー専用競技場」を市民球場跡地にできないか、
広島市に要望しました。
私も取材しましたが、
市側は「この場所への建設は厳しい」ときっぱり伝えていました。
しかし話の中で、「専用競技場は必要ないとは思っていない、
ここではない場所なら、検討の余地は…」
という内容を話していました。
跡地利用の方向性は今月中に出ますので、
どうもそこには、
サッカー専用競技場以外の内容が盛り込まれそうですが、
競技場自体の話がなくなったわけではありません。
エンディングでも話しましたが、
しばらくこの話が出てこなかったのは、
「新球場ができるまでは、サッカー専用競技場どころではないのでは…」
という意図が働いてのこと。

ただ新球場ができるからといって、
厳しい財政事情の中ですから、
そんなに簡単に話は進まないでしょう。
ただ、工夫次第では可能性がないわけではありません。

今後この要望がきっかけとなり、
2003年以来となる競技場建設の盛り上がりがあるかどうか、
注目していきたいと思います。

小林康秀

2008年12月24日

 入社10年目の私ですが、「はじめまして」とご挨拶した方がいいかもしれません。といいますのは、2003年10月から2008年11月まで5年間、JNN北京支局に特派員として派遣されていたため、この欄に文章を書くのは今回が初めてだからです。

 私が北京にいた5年間、ご存じの通り、中国は劇的な「変化」を遂げました。5年連続の2けた成長、北京五輪の開催などは言うまでもありません。「雨後の筍」のように増える高層ビル、次第に洗練される道行く中国人の服装、日に日に多様化するテレビ番組…。そうした身近な光景から、中国の変化を体感しました。この間の中国はネタの宝庫であり、まさに記者冥利に尽きる日々でした。

 5年ぶりに広島に帰ってきて、痛感するのは日本の厳しい不況。先日は、マツダの減産に伴って解雇された自動車関連工場の派遣社員の方々を取材する機会がありました。アメリカ発の金融危機が回りまわって、広島の人々の暮らしを脅かしている実例でした。北京にいる間も日本からの報道をチェbクしていたとはいえ、事態の深刻さを再認識した次第です。

 こう書いていきますと、何やら「下向きの日本」と「上向きの中国」という風に受け取られそうですが、私の目に映る日本や広島はそれほど暗い印象でもありません。

 まず驚いたのは、広島の街がこの5年間に想像以上に「変化」していることです。ヤード跡地に忽然と姿を現した新球場、ようやく動き出した広島駅前の再開発…。 北京赴任前まで広島市政を担当し、再開発計画の頓挫する様ばかりを取材した私にとっては、何とも感慨深いものがあります。

 そして、もう一つうれしい「変化」は、広島県出身のテクノ・ポップ・ユニット「Perfume」の大躍進! 5年前は地元限定のローカル・アイドルだったのに、今では日本の、いや世界のPerfumeと言っても過言ではありません。アメリカのロック・バンド「Weezer」のボーカルであるリヴァース・クォモは、「僕にとっての08年のベスト・アルバムっていうのはPerfume(「Game」)だったね。キャッチーなポップ・メロディも気に入ってるし、刺激的でエキサイティングなテクノ・サウンドのプロダクションも好きだったんだ」(「クロスビート」2009年2月号より)と語っています。

 私がいない間、変わらないようで変わっていた広島。その「変化」ぶりは、決して捨てたものではありません。私自身、目下、5年間の空白を埋めるのに追われていますが、近いうちに、日本や広島を海外から眺めてきた私なりの視点で広島の「今」を切り取り、皆様にお伝えすることができれば、と考えております。

 年明けからは、県警班のキャップを担当することになりました。3人の後輩記者と一緒に、広島県内の事件・事故・社会問題を全般的に取材する大役です。とにかく、初詣でこう祈願するのみです。「広島が何事もなく平穏でありますように」

昨日は、新球場建設にまつわる、
この一年の動きを、
最新の、球場内とヘリコプターからの映像とともに、
まとめてお伝えしました。

昨日は祝日だったので、
新球場が気になるサラリーマンの方にも、
ご覧になっていただいたんだと思います。
いかがだったでしょうか。
できればニュース動画のページにアップしたかったのですが、
BGMの関係で無理でした。(残念)

実は今日もヘリから上空を見てきたのですが、
新球場の建設と共に、
町が様変わりしているんだなと感じました。
広島駅の南北の再開発。
段原の再開発。
それぞれ、眠っていた再開発の鼓動が、
一気に動き出したという印象でした。

広島市の委員会での、
新球場に関する議論から取材してきた私としては、
とても感慨深いものがあります。
建設地を決める経緯については、
私自身思うところもあるのですが、
いずれにせよ、カープが来季から新球場を使用して、
プレーを見せることは変わりないわけで、
これから作る新球場ドラマに、とてもわくわくしています。

さて、いろいろ新球場に関するブログをみていると、
外野の2階席「パフォーマンスシート」の傾斜が結構気になるという方が、
何人かいました。
パフォーマンスシートは現在の市民球場よりもゆるい傾斜になっています。
グランドとの距離を近くとって、臨場感を増させたのと、
そのスタンドが独立した形でせり出しているために、
かなり急な印象があったかもしれませんが…。
見下ろすという印象は変わりませんが、
より市民球場より若干近いという感じでしょうか。

年内は、今週一杯放送がありますが、
新球場に関する情報は、
他にもお伝えしますので、
是非イブニングニュース広島はチェックしてください。

小林康秀

2008年12月18日

今週月曜日、
3年ぶりの再放送になったネット番組、
「ヒロシマ、あのとき原爆投下はとめられた」が放送されました。
改めて私も見ましたが、
その現状の悲惨さ、
そしていまだに症状や、思いを引きずらざるを得ない人々の状況を、
見つめなおすという内容でした。

さて、その番組のキャスターでもあった、
筑紫哲也さん。
73才で、11月に亡くなりました。

私は入社2年目に、
仕事関係の研修会が東京であり、
その中の講演会が筑紫さんと言うことで、
その講演会だけでも聞きに行かせてくださいと願いでて、
参加したのでした。

2時間の講演会は、
「僕はこれから、特にテーマを持って一方的に話しません。
皆さんの感じる疑問質問を私にぶつけて下さい。
皆さんの聴きたい話を答えていきます」
と、その講演会はまさに質問会でした。
一方的でない、双方向の会にしたいと言う思いがあったのでしょう。
適度にやり取りもあり、
実に有意義な2時間でした。
そして、「聞いた話をそのまま受け流すのではなく、常に疑問を持ってください」
という言葉が一番印象的でした。
それは、記者、キャスターと言う仕事を通して、
常に疑問を投げかけてきた生き方を、
私たちに語りかけてくれたのだと、今でも感じています。

小林康秀

2008年12月15日

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イブニングニュース広島の仕事をするようになって、
新球場の建設に向けた、
広島市や周辺のその動きを取材してきました。
現在地にするかどうするかとか、いろいろありましたね。
そんな中今建設が進んでいますが、
自分で言うのもなんですが、
新球場の現場にいっている回数は、
マスコミの中でももっとも訪れている一人ではないかと、
勝手に思っています。(笑)

ついに完成まであとわずかというところまで来て、
少し感慨深いものがあります。
今回から何回かにわたって紹介できればと思っています。
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これは、新球場を工事する関係者の現場事務所です。
「一人一人が夢の器の一員です」
と横断幕が掲げられていますが、
作業にあたっている人にとっては、
とてもプライドを持って仕事されているようです。

広島の大多数の人が、
この器における選手たちの活躍に、
一喜一憂するわけです。
ここは、「広島のプライド」そのものかもしれません。
その場所を建設することに携わったと言うのは、
「誇り」であることに違いありません。

現在の市民球場の建設に携わっている方が、
あのときのことを懐かしむのと同じなんですね。

作業している皆さんは、
奥の横断幕「ALL IN」のごとく、
一丸となって急ピッチの工事を続けています。
皆さん本当にご苦労さまです。

小林康秀

2008年12月12日

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先週、リーグ最終戦の直前に、
サンフレッチェの森脇選手、槙野選手が出演してくれましたが、
なんだかコンビのようなボケと突っ込みにかなり盛り上がりましたね。

そのときに撮影したスナップは、
森脇良太選手のブログ、「りょうたワールド」に載せていただきました。
ありがとうございます。
そこで、こちらではCM中のスタジオの雰囲気の写真をアップします。

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生放送の難しさを感じたそうですが、
そんな雰囲気は微塵も感じませんでしたね。
なんといっても緊張していなかったことが、とてもいい雰囲気をかもし出していました。
槙野選手はイブニングふぉーの料理コーナーに出たいと言ってました。
ニュースでは、以前選手の方に、ニュース原稿を読んでもらったり、
天気予報のコーナーに出てもらったりしましたが、
もし機会があったら次は何か難関な企画を用意しないといけませんね(笑)


最終戦の後の、「サンフレ劇場」の中でも、
出演のことにも触れていただいたそうで、誠にありがとうございます。
最終戦後のインタビューでも、
「またぜひ出してください!小林さんのようにかみませんからね」と
言っていたそうですが(怒)、ぜひ機会を見つけてまた呼びますよ!
そのときは覚悟しておいてください(笑)。
よろしくお願いします。

小林康秀

2008年12月11日


今日から年内は、なるべく頻繁に更新します!(笑)

サンフレッチェの優勝祝賀会に取材で行ってきました。
そこで選手に会うのは当たり前ですが、
同じ選手でも、
ホッケー日本代表小野真由美選手に久々にお会いしました。
それも、参加していた親子連れにインタビューしていた直後、
ディレクターが、「次はこの方」と言って連れてきたのが、
小野選手。突然の登場にびっくりでした。
北京五輪前にインタビューさせてもらってから、
久々だったので、とにかくお疲れさまと今更ながらねぎらったのです。

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番組でも放送しましたが、
オリンピック前に、手渡した本(読むと元気を与えてくれる写真集)
は、移動中に読んでいただいたのか、
とっても気になっていたので聞いてみました。
なんと!北京に連れて行ってくれたとの事。
しかも、しかも本棚のいいところに飾っているというのです。
本当〜?と疑いながらも、差し上げてよかったとホッとしたのでした。
先日は全日本選手権で決勝まで進み、
見事な活躍でした。
夢を一つ一つ実現し、目標に向かっていってほしいですね。

この日は、これまでサンフレッチェにかかわった皆さんが終結したような会でもあり、
私がサンフレを取材して12年間、お世話になった皆さんにお会いでき、
感謝感激した次第です。
改めて思ったことは、
優勝するって、実にいいことです。
こんなに喜ばしい会は久しぶりです。
そしてなんといっても、夢はJ1優勝であり、天皇杯優勝であり、
アジアクラブチャンピオンシップ優勝であり…と
夢が限りなく広がっていくのです。

最近「夢がなかなか見つけられない」という人が結構います。
実際自分にも夢がない時期がありました。
しかし、夢は探してもすぐ見つからない時期もあると思うのです。
とにかく何か目の前のことを一つ一つクリアしつつ、
視野を広げていく。
その過程で見つかる夢もあると思います。
迷った時あせらず、
自分を見つめなおす時間こそ実に大事なんだと思います。
サンフレッチェは、夢なんて語れなくなるような、
昨年末の失意のどん底から、
一つの課題をクリアし、
次の夢に向かって進んでいるのです。
そして、いま目前の夢は、元旦の天皇杯決勝での優勝です!

さて、明日はサンフレ、森脇選手へのブログ返しです。

小林康秀