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2017年03月30日


【担当アナウンサー:橋本 裕之】


先日 家で自分の持ち物整理をしていた時のこと。
小学校から高校時代にかけて買った何十枚ものレコードが、ダンボールに入れて 部屋の片隅に置いてあります。
普段は全く見向きもしないのに、この時は何故か箱に手がのびました。
一枚一枚手にとっては、曲が流行った頃の 自分の思い出と重ね合わせてジャケットを見ていました。懐かしい青春時代の数々のシーンが蘇ります。
そうした中で、私の“人生を導いた一枚”が出てきました。
その一枚とは、ポール・モーリアの大ヒット曲「エーゲ海の真珠」。
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この曲は1970年に発売され、初めて聞いたのが中学3年生。お昼の校内放送でした。
心を揺さぶられるほど感動したのを鮮明に覚えています。
『何と美しいメロディなんだろう!』と。すぐレコード店に走り買い求めました。
初めて聞いて以来 何度か校内放送でこの曲が流れました。

度々聞いているうちに、当時、オーディオに大変関心が高かった私は、放送部に入れば音響機器があるだろうから、趣味の欲求を叶えられると考えました。
そして高校進学後、迷わず放送部に入部。
さあ 趣味の延長のクラブ活動が始まるぞ!と思ったのも束の間。

新入部員3人が、先輩の引率で校舎屋上に連れて行かれました。何のためって?
『発声練習』をするためです。
1年生3人の中からアナウンス要員を決めるためです。
私は“不幸にも?”声がかなりデカかったようで、本人の希望も何も全く無視され、問答無用でアナウンス要員にさせられてしまったのです。
でも この出来事があったからこそ今のアナウンサーという仕事があるわけで、人との出会いは 実に面白いものです。

そんな昔の懐かしいひとコマが「エーゲ海の真珠」のレコードを見て蘇ってきました。
そして 何十年か振りに、レコードに針をおろしました。
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一枚のレコードに導かれた 私のアナウンサー人生。何と有難いことか!
ただ このひとコマに浸って時間がどんどん流れてしまい、結局 持ち物整理は進みませんでした。
心が温かくなったから まあ いいか・・・・・

2016年11月24日


【担当アナウンサー:橋本 裕之】


先日ふるさと・京都に行ってきました。
もう広島に住んで36年の長きになるため、故郷とは言え、今では「帰る」ではなく『行く』という感覚の方が正しいかなと思っています。

今回行ったのは「保津川 (ほづがわ) 下り」です。
この川下りは、京都市の北西部『亀岡』から京都の名勝『嵐山』まで、保津川を舟下りする約16キロ2時間弱の旅です。
四季折々の峡谷の風景と、時に激しい川の流れや水しぶきにスリル感じながら自然を楽しめます。
(写真1)
この日は、天気が良く風もあまり吹かず、絶好のコンディション。
併せて紅葉・黄葉・常緑樹が青空に映えて非常に見事なコントラストを描き心を奪われました。
(写真2)
ところがもっと心をつかまれたのは、3人の船頭さんのサービス精神でした。
操船は3人が役割分担し、20分程度で持ち場を回しますが、メインの漕ぎ手が最も重労働です。
にもかかわらず、漕ぎ手になった人が、3人3様それぞれトークで笑いを取り、客を和ませてくれました。
(写真3)
例えば「この鳥はカモ。向こうにいるのがサギ。カモがいるからサギ(詐欺)もいるんですよ。意味わかりますか。」
船上は大笑い。
大ウケで気を良くした船頭さん。
勢いがついて「寒い人いませんか?寒かったら船頭変わりますよ。すぐ体が温かくなるから」
・・・こんな具合です。

船頭さん3人が トークの腕前を競うかのように、乗船客を笑わせ、和ませてくれます。
やっぱりここは関西。笑わせて“なんぼ”なのでしょうか?
本当は、漕ぐだけで相当な体力を消耗します。
冗談を言う気になど なれないだろうと思うのですが・・・
お陰様で2時間弱の川下りは、見事な紅葉と流れのスリル
そして想定外の話芸を堪能し、あっという間にゴールの嵐山に到着しました。

船頭さんたちのサービス精神とプロ根性に脱帽。
そして大いに刺激を受けた秋の一日でした。

2016年07月28日


【担当アナウンサー:橋本 裕之】


お久しぶりです。
このWebサイトに 約6年半ぶりに戻ってきました。
『新人のような気分』ですが、実はRCCアナウンサー最年長です。
今回 復帰後初のご挨拶になるため、“今更”という気もしますが、改めて簡単に自己紹介します。
京都市生まれの京都市育ち。1980年アナウンサーとしてRCCに入社しました。
アナウンサー生活で思い出深いのは、1991年(平成3年)の広島カープ リーグ優勝。
現時点で最後のリーグ制覇です。
幸運にも、旧広島市民球場グラウンドでの胴上げとビールかけを球場の放送席で目の当たりにしました。
あの感動のシーンから25年。長い年月を経て 本当に「やっと」今年また見られそうで、今からワクワク、ドキドキします。

その後 2010年に広報部へ、2013年には 人生初の転勤=福山放送局への異動。
どちらもアナウンサー時代には経験出来なかった分野に携わることができ、非常に大きな財産になりました。

福山放送局は、JR福山駅から車で10分弱。緑豊かな小高い丘に局舎があります。
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春はウグイスの清らかなさえずり 夏はセミの遠慮のない大合唱。
そして 時にはヤモリも出没。自然に恵まれた場所で仕事をしていることを実感させてくれます。
福山放送局はRCCの『支社』ですが、事務的な業務だけではなく 実際にここで番組を制作し放送もしているため「放送局」という名称にしています。
特徴的なことは、月に1回15分のオリジナル・ラジオドラマを制作し放送していること。本社ではなく“支社”がドラマ作りを実施しているのは、全国的に極めて珍しい取り組みです。ぜひ ラジオ または ラジコでお聞きください。
◆番 組 名:びんご朝市! 井戸端ラジオ
◆放送時間:日曜7:15〜7:45
※ドラマは月1回 番組内15分です。
いや〜ぁ 福山勤務時代がとても思い出深くて、ついついPRに力が入ります。

そして2016年1月。2年8か月過ごした福山を離れ、古巣のアナウンス部に異動。
再びマイクに向かう日々です。『人生 今が青春』をモットーにまい進します。