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2017年04月06日


【担当アナウンサー:石田 充】


RCCへ入社して丸10年が経ちました。

昨春に伊東君が入ってきた影響で、
周りから「石田、若いね〜」と言われることもすっかり減りました(苦笑)


ただ、先月。
「まだ20代のころと変わらない部分があるな」と実感した出来事がありました。

中・高の同級生の披露宴で、奈良へ行った時の出来事。
せっかく奈良まで呼んでくれたので、
「披露宴前に観光しよう」と思い、友人とともに東大寺へ。


シカとふれあい・・・
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南大門の金剛力士像の大きさに驚き・・・
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高さ8.4m。木造なのにもビックリ!?

いよいよ大仏殿へ。
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人生初、“奈良の大仏”とご対面です。
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高さ15m。これを収めている建物の大きさにも驚嘆です。

さて、この大仏の近くにある柱が人気スポットでした。
というのも、大仏の鼻の穴の大きさと同じ穴があり、
そこを通り抜けると、無病息災などのご利益があるとのこと。

この穴の大きさは30cm×37cm。

新聞紙の紙を半分にしたくらいの穴です。
正直、小さいっ!

10人ほどの列ができていましたが、並んでいるのは高校生までの男子と細身の成人女性。
成人男性の姿は見当たりませんでした。

しかも、この日の私の服装は、ダウンの下は披露宴用のスーツ。

でも・・・172僉63kgの日本人の平均的な体格の自分が通れると、
多くの方に勇気を与えることができるのではないかと考えました。

迷わず行けよ、行けばわかるさ・・・

いざ挑戦!!

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ギリギリでしたが、、、、13秒で通り抜けることができました♪

つまり体型は10年前とほとんど変わらず!

よしっ、この体型を維持することを目標にしつつ、2017年も元気にカープやサンフレッチェを追いかけます!!!!

2016年12月01日


【担当アナウンサー:石田 充】


2016年もあと1か月となりました。
日本シリーズや優勝パレードなどカープ熱が11月上旬まで続いただけに、あっという間に12月という感覚です。

振り返れば、4月26日の神宮球場。
2000安打を達成した新井選手にマイクを向けた際、締めくくりにファンに届けた「最後の最後でみなさんと一緒に笑顔になりたいと思います!」でした。

それが現実となったのが9月10日の東京ドーム。
黒田投手が先発し、新井選手がウイニングボールをつかんで優勝を決めました。

黒田投手も新井選手も、FA移籍会見で涙するほど“広島愛”に満ち溢れた男です。
それでも2年前までこの2人がカープのユニフォームを着ていることすら想像できませんでした。
それが、揃って中心として活躍し、優勝決定ゲームで胴上げ。こんなストーリー、出来すぎです!!!
ちなみに私は4人兄妹ですが、私を含め3人が東京ドームに集結!広島愛のあふれる一家です。唯一、来られなかった妹は、翌日球場で優勝記念Tシャツを1時間半行列に並び買ってくれました(^^)

そして…忘れられない背番号15。
日本シリーズ第3戦で実況していましたが、ベンチに下がりダメかと思っていた中で、戻ってきた時の姿。投球練習をする様子。最後まで投げようとした男気…一生忘れません!
日米で203勝を挙げ、ユニフォームを脱いた黒田投手。
これだけ実績を挙げた選手でも「きょうの登板が終われば、次の登板にむけて準備するだけ。気の休まることはない」と身を引き締め、不安を払しょくするために変化を受け入れ、それをさらなる成長につなげていました。

新井選手も、40歳を前にして3割100打点でMVP獲得。
何歳になっても成長できる。それを結果で証明してくれました。

一方、カープパレードから20日後の11月25日。
広島愛に満ち溢れた男が、この街を去る決意を固めました。

サンフレッチェ広島の佐藤寿人選手です。
名古屋への移籍を発表した会見ではなんども広島を「大好きなチーム、大好きな街」と語り、広島で生まれ育った自身の子どもたちを「羨ましい」と話すほどでした。(佐藤選手自身は埼玉出身)

それでも、移籍を決断した理由。
自身の立場、広島の抱える世代交代問題、名古屋の置かれた状況など、ひと言では語り尽くせない様々なものが絡み合った中で、このセリフが胸に響いたそうです。

『やらなかった後悔は、やってないから悔いが残る。やった後悔は自分で受け入れられる』

それを自分の「わがまま」とも表現しましたが、現状からの変化を求める決断をしました。

私と同じ現在34歳。もうトップアスリートの中では“ベテラン”と言われる世代です。
それでも「(今も)不安があるから成長できる」と、今回の決断をさらなる飛躍につなげようとしています。

先日、そんな佐藤寿人選手とトークショーでご一緒しました。
身長はプロフィール上170僂里箸海蹇∨榲は169.5僂箸いθ言に沸き、身長の方は伸びなかった事実を明かしてくれましたが、そんなの関係なし!
“小さくても勝てる長所”を自ら作りだし、J1・J2で200ゴール以上を積み上げてきました。
来季ユニフォームは赤くなりますが、これからもレジェンドプレーヤーとして応援し続けたいです。

それにしても、この土地にいるトップアスリートから感じる広島愛の大きさと、いつまでも成長しようとする姿勢には頭が下がります。

さあ、広島にとって2017年はどんなシーズンになるのか?
カープもサンフレも長年チームを支えた伝説的なプレーヤーが抜けますが、新たな顔が生まれることも楽しみにしたいと思います!!

2016年08月04日


【担当アナウンサー:石田 充】


7月31日(日)。
佐伯区に流れる川で行われたのが、珍しい“走るイベント”です☆

その名も「第33回八幡川リバーマラソン大会」!
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マラソンといっても、42.195劼任呂覆、最長でも3キロ。
ただ、八幡川の中の浅瀬を走るとあって、非常にハードな競技です。

今年は小学3年生から、80代の男性など、延べ1000人近いエントリーがありました。

その大会で実況のお手伝いを去年からやっているのですが、放送席から見えるのは、スタートしてから200mほど。
あっという間に、下流の方へランナーは消えていきます。
ですので、途中は無人の八幡川を目の前に、ひとりでひたすら喋るわけです…(苦笑)

そんな風景を河川敷から見ていると、川に入りたくなってきます!
大人になって川に全身がつかる体験もないですからね・・・。

順位だけではなく、仮装をしながら楽しく八幡川と楽しむという趣旨のランナーもいて、楽しみ方はそれぞれです。

ただトップの選手は、本当に早いっ!
川の中で3キロを17分18秒というタイムで走っていました。
(単純計算すると、1キロ6分弱。100mを35秒で走っているわけです)
深いところでは大人の膝のあたりまで水深はあり、石ころの上も走るので、靴はホームセンターでぴったりフィットするものを探してこの大会に臨まれていました。

また珍しい大会なので、県外はもちろん、今年はデンマークから参加したランナーがいるほど!!

参加費はわずか500円。

川の中から、電子マネーのカードや、スマホ(防水機能付きで無事)が見つかるというハプニングもありましたが・・・大人も子供も楽しめ夏の思い出には最高の1日でした♪
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2016年04月21日


【担当アナウンサー:石田 充】


今月14日午後9時半前。
マツダスタジアムでの実況を終えてふと見た携帯電話に表示された「熊本で震度7」の文字。

「うそであって欲しい…。」
それが最初の感情でした。

その思いも虚しく、16日未明には本震が襲いました。


今は地元広島に住んでいますが、2005年、私のアナウンサーとしてのスタートは、熊本の放送局でした。

就職で初めて訪れた県でしたが、本当に住みやすかった街です。
その理由は“広島にそっくりな街だったから”かもしれません。

熊本駅から路面電車に揺られ、川沿いを走り、市内中心部へ向かう雰囲気。
そして中心部には、お城があり、アーケード街が広がっている光景など、広島と似ているところが多々ありました。
(お城の敷地の広さや、アーケードは本通りをはるかにしのぐ大きさで驚きました。)

そんな町の中心部に近い場所で起きた地震。
その後、南阿蘇村などで土砂崩れもあり、被害は広がってしまいました。

最初に震度7を観測した益城町は、車で市内中心部から東へ30分ほどの場所。
単純に広島での距離感覚でいえば、海田町あたりです。
そんな場所で震度7と思えば、市内中心部もほぼ同じ揺れだったことでしょう。
今回、個人的に大変さを感じるのは、「熊本の中心部」が震源に近かった点です。

市民の足、路面電車が一部で運転を再開するのに、本震から4日かかりました。

以前、私が住んでいた近くでよく利用していた熊本市内のシネコンつきの大きなショッピングモールは、天井が剥がれ落ちるなど、営業停止が続いています。
またスプリンクラーが作動し、商品も売れなくなったものがあると聞きます。

そして、市民の誇りである熊本城も大きな痛手を負いました。
本丸だけではなく、石垣や櫓など、その周辺も含めて類を見ない大きさのまさに難攻不落のお城が、被害を受けています。2007年に築城から400年を迎え、それに合わせ様々な復元工事も行われたばかりだったのに…。


熊本を離れ、約10年。
住んでいた当時は、九州第2の県でありながら、観光地としては長崎や鹿児島に人気で劣っていました。
その後、2011年の九州新幹線全線開業を前に、通過点にならないために様々な取り組みを行い、熊本の魅力をアピールしてきました。
その中で、キャラクターの「くまモン」が大ヒットして、街の知名度や好感度が一気に高まり、2012年には熊本市が政令指定都市になりました。
中心部には熊本城、山間には阿蘇や温泉、天草にはきれいな海があり、食べ物もお酒もおいしい県として、国内外から観光地として再評価されつつある中での今回の地震。

以前の職場の仲間たちは、家に帰っても倒れた家具などを元に戻す暇すらなく、つらい地元の情報を伝え続けています。
余震もなかなか収まらない中、疲労、不安、恐怖、そしてストレスとの闘いもあるようです。

避難者も多く、復興までは長い期間が必要となることが予想されますが、とにかくこれ以上、被害が拡大しないことと、被災した方々が一日も早く安心して生活ができるようになることを祈るばかりです。

そして、また熊本で仲間と笑顔で再会できる日が来るよう願いたいと思います。
そのために、広島からできることを、しっかりと考えていきます。

2015年12月24日


【担当アナウンサー:石田 充】


2015年も残すところあと1週間です。
33歳を迎えた1年。個人的には前半はカープに、後半はサンフレッチェに染まった1年でした。
特に日本一&世界3位に輝いたサンフレッチェからは感動をもらいました。

勝手に自分とサンフレやサッカーの歴史を振り返ってみると…
クラブ発足と同時に当時あった小学生用のサンフレクラブ会員になりました。
当時は高木琢也、前川和也といった大きな選手に憧れ、広島スタジアムにも自転車で通った日々を思い出します。
1994年にビッグアーチであったオールスターは兄と一緒に観戦。バスを出待ちして、ジーコを窓越しに撮った写真は宝物です☆

中学生の頃は、サッカー部でゴールキーパー。決して強くないチームだったのでキーパーは大忙しで、ある意味楽しかったですね。サンフレッチェのキーパースクールに参加したのも懐かしい思い出です♪

高校1年だった1998年。初のワールドカップ出場で日本中が沸いた時でした。TVゲームのウィニングイレブンにはまったのもこの頃からですね(笑)
4年後の大学2年の時は神奈川に住んでいましたが、日韓ワールドカップで授業どころではなかったのを思い出します。サンフレの成績的には苦しい時期だったかもしれませんが、国立競技場、味の素スタジアム、横浜国際競技場など、関東のスタジアムでの応援は脳裏に焼き付いています。

社会人1年目の2005年は、クラブワールドカップの3位決定戦&決勝を横浜で観ましたが、まさかその10年後、サンフレがその大会に出ているとは…。
2007年にはイタリアでACミランvsセルティックをサンシーロで観戦。海外のサポーターのサッカーに対する熱の入れ方に衝撃を受けました。

RCCに入ってもJ1・J2入れ替え戦が行われた京都へバスツアーで一人観戦。
J2降格後も、熊本での試合へ一人観戦。
去年のナビスコカップ決勝も個人的に埼玉スタジアムへ向かいました。(まさかの逆転負けでしたが、あのガンバ戦での教訓が今年のチャンピオンシップに生きた気がします)

そして迎えた今年。
10月以降、毎週のように吉田町に一人で取材。(ラジオですからね)
カープの最終戦の日にも吉田へサンフレの練習取材へ行くと、「きょうは吉田じゃないでしょ」とエースストライカーに突っ込まれました…(苦笑)。
でも、それだけ今年のサンフレッチェに個人的にも期待していたわけです。

正念場を迎えて、柏がケガをすると山岸の活躍。水本がケガをすると佐々木が活躍。誰が出ても同じレベルのサッカーができるのは本当にすごいことです。「腐りそうでも腐らなかった」というある選手の言葉が印象的でしたが、練習での紅白戦で控え組が本気で主力組を喰ってかかろうとしている姿に強さを感じました。そしてその試合に出られない選手のモチベーションを維持し続け、主力組にも成長を促した監督の手腕は脱帽です。

そして、リーグ最終戦ではラジオ実況。
佐藤寿人のJ1通算最多ゴールを電波を通じてお届けできたのは幸せでした。
(歓声が大きく、私の実況は聞こえなかったと思いますが、サポーターの声がゴールの証でした(笑))

チャンピオンシップ第2戦ではピッチリポーターとして、森保監督の10mほどの場所で優勝の瞬間を見ることができ本当に幸せでした♪
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テレビの優勝特番のMCを担当しながら、選手とともに喜びを分かち合えて感無量。
終わってエディオンスタジアムを出ようとしたのが深夜2時過ぎ。
たまたま森保監督がタクシーに乗って帰るのと同じタイミングでしたが、車窓から笑顔で私たちに手を振ってくれて疲れが一気に吹き飛びました☆監督が1番疲れているはずなのにその気遣い…最優秀監督の人柄はこんなところにも表れるんでしょうね。
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そして23日に行われた優勝パレード。
私は・・・プライベートで普通に平和大通りでサポーターとして参加(^^)

小雨降る中でしたが、シャーレを持った監督の笑顔、手を突き上げる青山主将など、スタジアムとは違った選手の姿はかっこよく映りました。
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さて、サンフレッチェの戦いはまだ天皇杯が残っています。
そして残っているというと、大晦日にRCCラジオで“ココスポ”のスペシャルが私の大きな仕事として残っています!
サンフレッチェの柏選手のインタビュー&広島の年末年始に大きな大会を控えているチームを直撃!
大晦日の午前9時から2時間40分の生放送です♪

そして、ひとあし早いですが、今年も1年ありがとうございました。
2016年も石田をはじめ、RCCのテレビ、ラジオをよろしくお願いいたします☆

2015年09月03日


【担当アナウンサー:石田 充】



9月1日の朝5時30分。20150903-1.jpg
普段であれば人の姿はまばらな時間帯ですが、
夜明け前のRCC報道センターに、40人を超える大勢のスタッフが集まりました。
いつもは一緒にカープのナイター中継を担当しているスポーツ部員の姿もあります。
「防災の日」の朝に合わせて、広島での大地震を想定しての特別番組の訓練を行ったためです。

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会社の外に出て、中継する記者もいましたが、
私と2年目の中根アナはスタジオで刻々と変化する被害状況などを伝える係りでした。
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普段はパソコンできれいに印刷された原稿をニュースでは読んでいますが、緊急時には手書きの原稿もありますし、イアホンによる指示をそのまま口にすることもあります。また地名をどこまで噛み砕けば、全国ネットの特番でも視聴者にわかってもらえるのかなど、思考回路をフル活用です。
停電や携帯電話が満足に使えない状況下で何を伝えられるかも考えなければなりません。
また東日本大震災後、津波に対する表現など、放送で使う言葉も変わりました。

さらにRCCでは他の民放と違いラジオもあります。
災害時にはラジオの存在が高まると言われますが、映像がない中で、正確な情報をいかに届けられるかが問われます。


14年前の2001年3月24日。最大震度6弱の芸予地震がありました。
当時、大学進学直前の春休み。
家でテレビを見ていると、地鳴りと突き上げる縦揺れ、そして横揺れが襲ってきました。
住んでいた南区は震度5弱を観測。2階の私の部屋はCDが散乱し、その上にCDプレーヤーが落下し、お気に入りのCDが割れてしまいました。
逆に言うと、その程度で収まり幸運だったわけですが、揺れている間に、冷静さを失った自分がいたことを覚えています。

芸予地震からあと半年で15年。
そして、仕事に広島のマスコミを選んだ自分がいます。

東日本大震災では、自らも被災者でありながら、仕事で数日、家に帰れないアナウンサーもいました。その中で、不安や恐怖を感じながらも、冷静かつ正しく伝えようとする姿は、心打たれるものがありました。

もちろんこの朝、訓練で使った表現を、本当にマイクの前で使う日が来ないことを祈るばかりですが、万が一の時に、自分がどう動かなければならないのか、それを改めて客観視した今年の防災の日でした。

2015年05月07日


【担当アナウンサー:石田 充】


2015年の大型連休、みなさんはどんな日々を過ごされましたか?
4/29から5/7までの9日間の自分をふりかえると…

4/29夜勤
4/30カープ中継ラジオリポーター
5/1サンフレッチェ取材
5/2サンフレッチェラジオ実況
5/3フラワーフェスティバルパレード中継
5/4カープ中継ラジオリポーター
5/5フラワーフェスティバルステージ司会
5/6カープ中継ラジオリポーター
5/7夜勤

休みはゼロですが、広島のGWをまさに満喫!
サンフレッチェはベガルタに2-0で勝利☆
野津田選手&浅野選手の20歳コンビのゴールは嬉しかったですね♪
青山選手のピンポイントロングアシストも驚きでした(^^;

フラワーでは、初日・雨が降る中、中根アナとおいしいグルメを堪能♪
米沢牛コロッケに、札幌味噌ラーメン(黒ベーコンのせ)、生ラムの炭焼き、ホタテ、もちもちワラビもちなどなど。
3日目のステージでは久保田アナと「よさこい」の司会。
快晴の下、54組の個性あふれる演舞に酔いしれました♪

そしてカープは巨人相手に同一カード3連勝!
試合後緒方監督にインタビューをしましたが、「ミスが目立つし、まだ借金がある」と全く表情は緩みませんでした。ただGWの9連戦を5勝4敗で乗り切りました。
巨人とはまた12日(火)から東京ドームで戦います。私もラジオリポーターとして現地へ向かいますが、各選手ともいいイメージをもって臨んでほしいですね♪

とにかく、今年のGWは、広島のスポーツ&イベントに携わることができて良かったです。

そして9連勤のあとの休みが5/8(金)。
実は、この日。GWの期間中のどの日よりも、休みが欲しかったのです☆
その理由は
 ・
 ・
 ・
妻の誕生日!
しっかり家族サービスします(笑)


2015年01月15日

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【担当アナウンサー:石田 充】


あけましておめでとうございます。

2014年の大晦日。
年末の仕事は、ラジオ中継で「ヒツジと仲良くなる」でした☆

場所は雪が20cm以上積もっている
北広島町西八幡の「前ファーム」
「洋舎」
〜右側の白い建物の中に羊がいました〜

60頭ほどの羊がお出迎えしてくれ、
中継では私のひざを両側から2頭が挟んでくれました。
「羊と私」
〜生中継は『♪メ〜、メ〜』鳴いて私の声がかき消されるほどでした(笑)〜


そして年が明けて、最初の仕事は「高校女子サッカー」の実況でした。

兵庫で1月3日から行われた全国大会で、
アナウンサーもTBSや大阪のMBS、静岡の局など全国から集いました。

ただ、驚かされたのが「雪」。

開幕日の3日は神戸も雪が積もりました。
会場は神戸市の北西にある三木市。
その試合会場に向かうまでの道で路面が凍結。
スタッドレスタイヤをつけたタクシーも、ハンドルがきかない状態で坂道で立ち往生。
お客ではありますが、我々スタッフも車を降りて、手で押しながら、なんとか坂を抜けました。
(通常は40分ほどで着く道ですが、その倍の時間がかかりました…)
「三木市」
〜試合会場もこの雪。ただ無事に試合は行われました〜

さて、「女子の高校サッカー」は男子に比べて、知名度が低いかもしれません。
年始に選手権が行われるようになったのも2012年からです。

ただレベルは世界No.1ともいえます。
というのも、去年行われた17歳以下のワールドカップで日本代表は優勝!

実況していても、本当に華麗なプレーと力強さが垣間見え、熱くなりました。
「実況」
〜大会2日目は快晴!でも放送席は寒かった〜!〜

広島から出場した「文京女子大学附属高校」は、残念ながら初戦敗退でしたが、
注目の2年生・MF神田若帆選手が豪快なゴールを決めました。
149cmと小柄ですが、日本代表候補の経験も有り、テクニックはすごいです。
3年生となる2015年。注目の女子アスリートだと思います☆

そして、この週末は全国男子駅伝
20回目の節目に、広島県チームはどんな戦いを見せてくれるのでしょうか!?
1回大会は中学1年の時で、逆転優勝に興奮したのを今でも覚えています。

ちなみに私は4度目のバイクリポーター。
写真は2年前のレース直前の私。
こんなバイクに乗っていますので、選手のついでに見つけてみてください!
「バイク石田」
〜本番では後部座席に黒いヘルメットをかぶり乗っているので、誰だかわからないと思います(苦笑)〜

2014年09月11日


【担当アナウンサー:石田 充】


胸の痛む広島市の土砂災害から約3週間が経ちました。

私の知人の関係者にも、命を落とした方や、家が住めなくなった方、車も流された方がおり、本当に他人事ではありません…。

マツダスタジアムでのカープの試合では、いまだ半旗が掲げられたままです。
安佐南区の広陵高校出身の野村祐輔投手や中田廉投手は、身近な場所での災害で同級生なども住む地域ということで大きなショックを受けていました。

私も度々現場に向かいましたが、目の前に広がる光景は、東日本大震災後に行った宮城県・南三陸町や気仙沼と似ていました。

その際、南三陸ではがれき処理のボランティアを行いました。
震災後9か月が経っており、大きな岩や流木、家の壁などはありませんでしたが、一見平坦に見える場所でも、土砂が家の基礎部分にまだ覆いかぶさっており、お皿が割れていたまま埋まっていたり、ガラスの破片も出てきたりしました。

こういった処理は、ショベルカーなどの重機ではできません。
写真やアルバム、保険証など、個人の大事なものも出てきます。
ですので、手作業で行う必要がありました。

当時の被災者の方が言われていて印象的な言葉があります。
「車や屋根など大きなものは取り除かれて、一見がれき処理は終わったかのように見えるかもしれませんが、本当のがれき処理とは『ここに住む子供たちが裸足で土の上を走り回れるようになったとき』に終わるんですよ。だから多くの“人の力”が必要なんです」


広島市内の土砂災害から3週間。
テレビ画面からは少しずつ復興している様子が伝わっていると思います。
しかし、個人的には本当のがれき処理はこれからだと感じます。

またあの場所に住むみなさん、そして子供の笑顔が見られる日が来ることを願いつつ、広島に生まれ、広島の放送局に努める人間としてできる最大限のことを考えていきます。

2014年05月16日


【担当アナウンサー:石田 充】


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5月13日、14日で鳥取県・米子市へ行ってきました。
4年ぶりのカープの公式戦があり、ラジオの中継のためです。

松江自動車道を使えば3時間で米子まで到着!

初日は快晴で球場から15キロほど離れた中国地方の最高峰・大山もくっきり見えました☆



さて、米子の球場について驚いたことがありました!
それは・・・球場名です☆

名前は「どらドラパーク米子市民球場」

「どらドラパーク!?」という不思議なフレーズ。

調べてみると、正式名称は「どらやきドラマチックパーク米子市民球場」。

地元・米子市のお菓子メーカーが命名権を取得して、「どらやき」で町おこしをしようとつけたそうです。
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そんな中、行われた4年ぶりのプロ野球公式戦は、最後の最後までわからない1点差のまさに“ドラマチック”な2試合でした。
バックネット裏スタンド席にて解説の佐々岡真司さんと

初戦は、米子育ちの九里亜蓮投手が親族の前で好投を見せれば、選手会長の梵選手が12回ウラにサヨナラホームラン。

2戦目は、阪神・大和選手がプロ9年目で初ホームランを放てば、キラが9回1死から超特大の場外ホームランと、米子のプロ野球ファンを沸かせてくれました。
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ちなみに・・・サヨナラホームランを見せてくれた梵選手。
「どら焼き」は好物だったそうです☆

2014年02月13日


【担当アナウンサー:石田 充】


2014年2月12日(木)
イマなま3ちゃんねる」で、広島刑務所から中継をしました。

これまで刑務所内部は、“収録”での取材しか認められていませんでしたが、
今回、受刑者に配慮しつつ刑務所のイマを伝える目的で特別に許可をいただいて、
日本で初めての生中継が実現しました。
刑務所外観
マツダスタジアムのグラウンドの6倍の敷地を誇る広島刑務所。
現在、約1000人の受刑者がいます。
薬物や窃盗が約70%を占め、殺人犯は1%の割合です。
基本的に初犯ではなく、繰り返し罪を犯した刑期10年未満の男性が服役しているので、
年齢層もやや高く、平均48歳でした。

今回の中継場所は、外の様子がわからない体育館内に限られました。
その体育館に入るまでに通過した扉は5か所。
いずれもオートロックで、開けるとブザーが鳴るものもありました。
また携帯電話などの通信機器の持ち込みはNG…個人的に外部との連絡はできませんでした。
刑務所中継
体育館の中では、受刑者がバレーや卓球、囲碁・将棋ができ、テレビや新聞も見ることが出来ます。
ただその時間は1日30分のみ。
15分に一度、刑務官による人数確認も有ります。
また空調設備はなくこの日の温度は13度。
「国民の税金を使っている」との理由から、他の施設も基本的にはエアコンなどは使用しないそうです。

またトイレは外から刑務官の目が届くように個室にも窓があり、カギもありませんでした。
刑務所トイレ
1番の驚きは、体育館の下。
そこは「炊場」といって食事を作る場所なのですが、
実は、受刑者1000人分の食事を、25人の受刑者で作っていました。
ちなみにその日のメニューの1つがチキンスープ。
ただ、受刑者自ら食事を作っている事実は知りませんでした…。
(他の受刑者は、革製品や家具を作る刑務作業を日中にしています)

さて、広島刑務所と忘れてはならないのが中国人の脱走事件です。
2012年1月11日に発生しました。

その記憶を忘れてはならないと、刑務所の受付には
「ワンイレブン(1月11日)をわすれない」と書かれたポスターが貼られており、
自戒の意味が込められていました。

またカメラやセンサーの強化や、刑務官の管理体制など
ハード面とソフト面の両方を強化して再発防止策を講じています。

そして、近隣住民への貢献も、あの事件をきっかけにかわったそうです。
これまでは刑務所の塀の中のことばかり気を使っていたようですが、
積極的に刑務官が地域イベントに参加して、交流を深めているとのこと。

刑務所全体が「2度と逃走事件を起こさせない」という大前提の下、
「受刑者の矯正や再犯防止」を図っています。


知っているようで、知らない刑務所の内情。
そして一般市民にとって、遠い存在であり、身近な場所にある広島刑務所。

この生中継が刑務所の存在を考える1つのきっかけになっていれば幸いです。

2013年10月10日

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【担当アナウンサー:石田 充】


きょう、10月10日といえば…「体育の日」

というのは1999年までの話。

13年前からは「ハッピーマンデー制度」のため10月の第2月曜日となり、今年は14日(月)が体育の日です。

ただ、10月10日というと、1964年に1回目の東京五輪が開幕した日として知られています。

開会式の舞台「国立競技場」は、2020年の五輪に向け、来年の7月に大規模な改修作業に入ります。

その現在のスタジアムを見学できるツアーが注目されているとあって、先日参加してきました。
(予約制で大人1000円・10月分は既に受付終了。11月の開催日・未定)

スタンド見学では、バックスタンド上段からは、新宿の高層ビル群があるのを見ることが出来ます。
メインスタンド奥に東京都庁も見えます
メインスタンド奥に東京都庁も見えます

バックスタンドの上段には大きな「聖火台」が!
ツアーガイドの話によると、鋳物でもある聖火台はなんと“ごま油”で磨かれるとのこと。
聖火台は高さ2.1m・重さ2.6t
聖火台は高さ2.1m・重さ2.6t

ツアーガイドではVIPが入る「貴賓室」も見学できます☆
ライブをやるアーティストも利用するとか
ライブをやるアーティストも利用するとか

さらに、国立競技場内にある秩父宮記念スポーツ博物館では、
現在「SAYONARA 国立競技場」展が開かれています。
この特別展は来年5月6日まで
この特別展は来年5月6日まで

1964年の東京五輪のメダルも展示されていました☆
金メダルの輝きは色あせませんね
金メダルの輝きは色あせませんね

見学ツアーのお土産は…コチラ!
国立競技場の芝の種♪
国立競技場の芝の種♪

他にも、ツアーの日によっては「ロッカールーム」や「陸上トラック」へ行けるそうです。

満足度120%。
思い出になることは間違いなしなので、
もし東京へ行く機会のある方は、旅行のコースに入れてみてはいかがでしょうか?
(そろそろ11月のツアー日程も、「国立競技場スタジアムツアー」のサイトに出ると思います)


さて、“スポーツ”と“私・石田充”と言えば…
この1年、本気でやった種目があります!

それが・・・『ゴルフ』☆

1年前「123」だった自己ベストは、先月末行われた「ゴルフの花道」コンペで「100」まで縮め、
先日ついに「96」と100ギリしました!!
こんな格好でラウンドしてます。ボールもピンク!(笑)
こんな格好でラウンドしてます。ボールもピンク!(笑)

それまでの4ラウンドが、102・101・101・100とまさに「100の壁」を感じていただけに、
ようやく乗り越えた達成感で胸がいっぱいです♪

100を切って思ったことは「素人は…無理しない」ということです(笑)

これまでは2打目も飛ばそうと大きめのクラブを持っていましたが、結局、飛ばそうと思わず、
2打目以降も「7I」以下で刻むことで、スコアがアップしました♪

もちろんこれからは、各クラブの腕も上げないと90はきれないと思いますが、
ひとまず最初の目標である「100ギリ」を達成!

次の目標は「90台の維持」。

そんなことを誓う“2013年の秋”です!!

2013年06月13日

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【担当アナウンサー:石田 充】



大学4年の時、カラーコーディネーターに、
「あなたはピンク系が似合う」と言われたのがきっかけでした。

あれから約8年。

さりげなくピンクのモノを身に着けてきていましたが、最近は全面に出るようになりました!(笑)
(テレビの「イマなま」には全身ピンクの格好で中継。
ラジオの「おもいっきり土曜日」のクイズコーナーでは「ピンクポイント」が今年から導入されています)

先日、「ピンクのネクタイっていくつ持ってるの?」と、あるディレクターから言われました。

調べてみると・・・10本でした!

ちなみに先月コレクションの仲間入りしたのがこのネクタイ。
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なお、今年に入って半年間で揃えたアイテムだとコチラ↓
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以前、この写真を見た伊藤文アナは、絶句してました(苦笑)
(今、この日記を読んでいる方も同じかもしれませんが…)

でも・・・まだあるんです☆

最近、ゴルフを本気でやろうと練習中。
ベストも半年で123から102まで上がり、もう少しで90台も見えてきました!

では、そんなゴルフグッズのコレクションをご紹介♪

まずはウェアから☆
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こっちは真っピンク!
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もちろんボールやティーも♪
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暑いこの時期に必須のキャップはあえてカープ帽!
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ピンクのゴルフパンツもありますが、「もういいよ」という声が聞こえてきそうなので・・・
ゴルフ以外のグッズにします!

RCCにはサッカー部があり、そこで活動するときに履いているのがコレ!
まさかこんなデザインがあるとは驚きでしたが、思わず買ってしまいました(苦笑)
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あと、最近ウィンドウズのタブレット端末「Surface」を購入!
手前が対応のケースです。
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ケースに収めるとこんな感じ。
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いかがでしたでしょうか?
これが2013年夏の私・石田の最新ピンクコレクションです(笑)

でも、ピンク以外の服もちゃんと持ってますので、変な誤解の無いようにお願いします(><)

さて、そんな私。

7月6日(土)のカープ対タイガース戦で、初めてテレビの実況を担当することが決まりました!

当日はどのネクタイにしようか・・・ピンクにするか、カープの赤にするか…。

悩ましいですが
  ・
  ・
  ・
あっ、クールビズだったのでネクタイは不要でした(笑)

衣装はピンク率が高い私ですが、生粋の広島ファンですので、赤も大好き!!

ぜひ、7月6日(土)はRCCテレビでもカープ観戦をお楽しみいただければと思います☆
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2013年01月31日

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【担当アナウンサー:石田 充】


1月24日(木)から、サンフレッチェのキャンプがスタート。
去年までは沖縄でしたが、今年は場所が鹿児島になりました。
広島からは九州新幹線に乗り、2時間30分で鹿児島中央駅へ。
キャンプ地の霧島市は温泉や霧島連山が有名で、鹿児島市内からは車で約1時間の場所にあります。
広島より2,3度高い気温でしたが、風が強く、取材時はカイロが欠かせませんでした。

連覇を狙うサンフレッチェにとって、2月3日(日)までの大事な1次キャンプ。
まずは「1年間戦える身体作りをしたい」と各選手が練習に励んでいました。
フィジカルトレーナーの方に話を聞くと「予想以上に選手たちの状態が良いので、
練習メニューを前倒しにしなきゃいけないほど。
特にベテラン勢の動きの良さが目立ちます」と嬉しい誤算もあったようです。

このキャンプで、私が注目したのは2人。
(1)『GKの西川周作選手』
去年12月中旬のクラブワールドカップで左手人差し指を骨折し、全治2か月といわれていました。
本人いわく回復具合は順調で、「想定よりも早く治ってきている。
なんとか2月23日のフジゼロックス・スーパーカップ(柏戦@国立競技場)のピッチに立ちたい」とのこと。
絶対的守護神の復活で、ぜひ2013年の初戦を白星で飾ってほしいと思います!!
 
(2)『新・背番号10 高萩洋次郎選手』
去年は誰も背負っていなかったチームの背番号10を今年、高萩洋次郎選手がつけることに。
日本人では柏木選手以来4年ぶりのことです。「10番をつける人は、チームが厳しい時にそれを打開できる選手。
期待やハードルは高くなるので、それを裏切らないようにしたい」と気持ちも新たにしていました。
新しくなると言えば、背番号と一緒にサインも変えた高萩選手。
これまでの横文字から、漢字で「洋次郎」と非常にわかりやすいものになっています。
理由を聞くと2つ。
「子供に、なんて書いてあるのと言われたくないから」。
もう1つは「今年はアジアチャンピオンズリーグもあって海外にもいく。
そこでは漢字の方が喜ばれると思って…」と話していました。
チームメイトの佐藤寿人選手も「日本代表になれる選手」と高評価する高萩選手。
「サンフレの10番=高萩」と早く定着するシーズンになってほしいですね。

さて、やっぱり鹿児島と言えば、忘れちゃいけないのが『黒豚』
5日間の出張の最終日に「しゃぶしゃぶ」を堪能しました(^^;
選手たちも温泉に黒豚と、鹿児島ならではの環境で、
シーズンを乗り切る土台作りに励んでいるようでしたよ〜☆
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